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奈良地方裁判所 昭和36年(レ)25号 判決 1963年7月24日

控訴人 白井貞男

右訴訟代理人弁護士 池口勝麿

被控訴人 富田宇市良

右訴訟代理人弁護士 白井源喜

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、被控訴人主張事実のうち、その主張の日時に被控訴人は控訴人との間に、被控訴人所有にかかる橿原市久米町六四七番地、宅地五七坪六合および同町六四八番地、宅地四四坪九合六勺(以下本件土地と称する)並びに、その地上の本件建物を、代金一二万円で売渡す契約を結んだ事実、その際いわゆる手附金として控訴人が被控訴人に金一万円を支払い、残額一一万円は昭和二七年七月末日までに支払う旨の約定ができた事実は当事者に争いがないが、被控訴人は控訴人がその後右残代金の支払いをしなかつたことを理由に右売買契約の解除を主張し、控訴人は被控訴人が本件土地、建物の移転登記に応じなかつたため残代金の支払いを延引したものであると主張し、そもそも控訴人としては被控訴人より本件売買契約解除の意思表示を受けたことはないと争うので、以下これらの点について判断することにする。

二、まず控訴人の代金支払いと、被控訴人の登記義務履行との牽連関係の有無について判断するに、≪証拠省略≫によれば、昭和二六年六月三〇日被控訴人、控訴人間に本件土地建物に関する売買契約が成立した当時、本件土地、建物は島田芳太郎なる者が占有使用していたため、その明渡を受けなければ買主をして使用させ得ない状態にあつたため、売主である被控訴人からその処分管理等について一切の権限を委ねられていた被控訴人の叔父富田徳太郎(被控訴人の代理人と認められる)は、買主である控訴人および仲介者若林佐太郎と話合つた結果、代金一二万円のうち当日さしあたつて一万円のみの支払いを受け、残り一一万円は移転登記手続の際に支払いを受けること。登記手続は島田芳太郎に対する立退請求のため約一ヶ月の猶予期間を置いて同年七月末日までに完了すること、右島田芳太郎に対する立退請求は買主である控訴人においてなすこととの定めが成立した。ところが右約定期日である七月末日に至つても、島田芳太郎が本件土地建物から退去しない関係もあつて控訴人は残代金一一万円の支払いをせず、一方被控訴人においても、右七月末日当時控訴人に対し特に履行の催告をすることもなしに経過したところ、その後島田芳太郎は控訴人のたびたびの立退請求にもかかわらず本件土地建物から立退かなかつたため、控訴人はついに訴訟によつてその明渡しをもとめることにしたが、登記簿上の所有名義人がいまだ被控訴人である関係上、被控訴人の了解を得て被控訴人の名で、昭和二六年一一月九日葛城簡易裁判所に島田芳太郎を相手どり本件土地(ただし島田が不法耕作していた部分)の明渡をもとめる訴(同裁判所昭和二六年(ハ)第三二号土地明渡請求事件)を提起し、同裁判所は昭和二七年三月六日原告勝訴の判決を言渡したので、その後間もなく島田芳太郎は本件土地、建物から退去し、控訴人が本件建物に入居し、本件土地、建物を使用するに至つた。そこでこれを聞き知つた前記被控訴人の代理人富田徳太郎はその娘婿である中井勝俊をして同年七月ごろ控訴人方に赴かせ、控訴人に対し、すでに入居、使用しているのであるから残代金を支払われたい旨催促したところ、控訴人は手許不如意を理由にその請求に応じなかつた。そしてそのころ右中井を介して被控訴人と控訴人との間に、残代金全額を一時に支払うことが不可能であるならば分割して支払つてもよい。しかし同年末までには残代金の全額一一万円を支払うこと。控訴人はその代金を右富田徳太郎の経営している大阪市大正区千島町、倉田林業株式会社事務所に一旦持参すること、の定めが成立した。ことをそれぞれ認めることができる。原審証人犬丸宗次当審証人白井好子の各証言および原審並びに当審における控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠および弁論の全趣旨に対比して容易に措信しがたく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によれば、控訴人の代金支払義務と被控訴人の移転登記義務とは当初同時履行の関係にあつたが、控訴人において残代金の支払ができない侭相当日時を経過したので、被控訴人との間に控訴人において残代金の調達ができたらそれを一旦前記富田林業株式会社の事務所に持参し、然るうえで双方登記所に出頭して各義務を履行するとの新たなる定めが成立したものと認めるのが相当である。

三、≪証拠省略≫によると、前記富田徳太郎の命を受けた中井勝俊は昭和二七年一二月ごろ、ふたたび控訴人方に残代金の支払方催告に赴いたが、控訴人は結局約束の同年末までその支払いをしなかつたため、ついに富田徳太郎は本件売買契約を解除するもやむなしと考えて、昭和二八年二月、右中井をして控訴人方に赴かせ同人に対し口頭で同年三月末日までに残代金全額を支払うよう、もしこの期限までに支払わないときは、被控訴人、控訴人間の本件売買契約は解除する旨通告したこと、控訴人は当時営業状態も思わしくなく金銭の調達が困難であつたため、同年三月末までに残代金の全部もしくは一部を携えて富田林業株式会社の事務所に赴いたことはなかつたこと、および被控訴人は戦後の農地改革によつてその所有する本件土地周辺の約四、〇〇〇坪の土地を買収されたが、本件土地のみは宅地となつていた関係上買収を免れ、従つて何時でもこれが移転登記手続は可能であつたことをそれぞれ認めることができる。当審証人白井好子の証言、原審並びに当審における控訴本人尋問の結果中右認定に反する部分は前掲各証拠と弁論の全趣旨に対比するときにわかに措信しがたく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

前記二、三の認定事実によれば、昭和二八年二月富田徳太郎が中井勝俊をして為さしめた履行の催告は、売買契約解除の前提要件としての催告として十分であるというべきであり、被控訴人、控訴人間の本件売買契約は、控訴人の代金支払義務不履行により昭和二八年三月末日をもつて解除されたものと認めるのが相当である。

四、次に控訴人は、本件建物に関し買受当時と現在との同一性を争い結局本件建物は被控訴人の所有といえないと主張するのでこの点について判断するに、一般に建物がその同一性を失うのは既存建物の全部またはその大部分を取毀して新たなる建築をなした場合であつて、単に朽廃した建物部分を新たなる材料で補強しあるいは取替え、もしくは多少の増築をなしたのみではその同一性を変ずるものではないと解すべきところ≪証拠省略≫によると、本件建物は元来かわら葺で住宅用に建てられたものであるが、床が落ち軒も傾いていたので、同証人が控訴人に雇われて昭和二七年春頃修理増築をしたもので、修理は一〇尺もので二間ものを継いであつた棟木のうち腐つていた一本を取替え、五〇本ほどある柱のうち三〇本を取替え、床を張替え、天井の半分を吊り天井にし、壁を塗替え、屋根は殆んどもとの瓦を使い多少新しい瓦を補つて葺替えた程度であること、増築は既存の建物に密着し北方に三尺、建坪にして四坪三合三勺拡げたに過ぎないことを認めることができ≪証拠省略≫によると、本件建物は昭和二六年六月三〇日当時約二万円と見積られて被控訴人から控訴人に売渡されたこと、昭和三四年度の本件建物に対する固定資産の評価額が金二三、六九二円であることが認められるので、敍上認定事実を総合すると本件建物の修理は既存建物の朽廃部分を新しい材料で補強し或は取替え大修理したといえても改築したとまではいえず、結局控訴人が本件建物になした修理によつては建物の同一性を失わしめる程度に至つたものとは認めがたく、控訴人のなした増築部分は旧建物と一体をなし附合によつて被控訴人の所有に帰したものと認めるを相当とする。従つて本件建物は控訴人のなした修理増築によつて本件売買の目的となつた建物との同一性を失つたものということができず、依然として被控訴人の所有であるといわなければならない。

五、以上認定の次第であつて、控訴人は本件売買契約の解除にもとずく原状回復義務の履行として本件土地、建物を被控訴人に明渡すべき義務あるもので、これが履行を求める被控訴人の本訴請求は正当であつてこれを認容すべきであり、これと同旨に出た原判決は正当であつて本件控訴はその理由がない。よつて民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却し仮執行の宣言はこれを付さないこととし、訴訟費用の負担につき同法第八九条、第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大田外一 裁判官 前田治一郎 高橋金次郎)

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